飯野晴子の「生き抜くヒント」vol.1
海千山千が集う広告業界において「伝説」と称される女、飯野晴子。
その人生は、すべてが順風満帆だったわけではない――。
東京・目白に生まれ、学習院中・高等科、学習院大学を卒業してすぐに結婚。専業主婦として二人の子宝に恵まれ、何不自由なく生活していたものの、35歳で離婚。シングルマザーとなり、はじめて会社勤めすることになった。
就職先は小さな広告代理店。最初は営業マンをサポートするアシスタントに過ぎなかった彼女だが、とにかくよく働いた。サングラスをカチューシャ代わりにして精力的にデスクに向かう様は男性社員さながら。次第に頭角を現してプレゼンで負け知らずの営業マンへと成長し、ポルシェ、BMW、コーチ、フェラガモ、ロエベといったビッグクライアントのPRを引き受けるまでになった。そして、大手広告代理店・電通のグループ会社に引き抜かれ、部長にまで昇格。定年退職し、73歳となった現在も今までのキャリアを活かして第一線で活躍している。
女性が社会で走り続けるにはエネルギーが必要だ。
仕事人として、母として、女として人生を駆け抜けてきた「飯野晴子」は、なぜ、今なお輝きを失わないのか。彼女の人生哲学を読み解き、現代をしなやかに生き抜く“コツ”を探る。
シングルマザー、飯野晴子。
「仕事と家庭を両立する自信はゼロだった」
―飯野さんは35歳で離婚し、二人のお嬢さんを養うシングルマザーになった。しかも、それをきっかけにはじめて会社勤めをするようになったそうですね。
人生において最大の転機でした。私は中学から大学まで学習院で過ごしたのですが、コーヒーの淹れ方すら知らないような世間知らずでしたの。笑っちゃうわよね。そんな人間が、多少は得意な英語を活かせればと小さな広告代理店に就職。スリットが深めに入ったワンピースにヒールの高いミュールを合わせて通勤したりして、当時の感覚からしたらとても会社員には見えなかったでしょうね(苦笑)。
―毎日がどんなに忙しくても、お子さんのためにお弁当作りだけは欠かさなかったとか。
ええ。離婚したのは私の勝手で、子供たちには何の関係もないこと。ですから、すまないという気持ちを持っていました。働きながら自分の手で子供を育て、養っていくという自信はゼロでしたが、裁判までして親権を得たのですから、私のミッションとして成し遂げなければいけないという思いがあって必死でしたね。それにしても、子供というのは親の姿をよく観察しているわ。夜遅く帰ってきた私が眠い目をこすりながら早起きし、化粧しながら台所に立っていたのを理解していたようで、絶対に文句を言わなかった。当時、カリフォルニアロールが流行っていて子供たちの好物でもあったから、海苔弁よろしく、ごはん、アボカド、カニ、海苔を順番に重ねたお弁当を作ったの。楽チンだし、好評だったから良かれと思って3日連続で、なんてことも(笑)。でもね、実はそれが学校で冷やかしの種になっていたみたい。彼女たちが大人になってから「ママ、今だから言うけどあのときは……」と告白されて、3人で大笑いしました。シングルマザーとして仕事と家庭を両立するのは本当にきつかったけど、時間が経てば笑い話になる。だから、一人で子育てをする母親が子供を折檻したとか、無理心中を図ったとかいうニュースを見るたびに胸が痛みます。人間には頭がある。知恵がある。だから、まずは何か方法がないか脳みそをゆすって考えてほしい。方法が見つからなければ誰かに相談してほしいですね。
人は人によって救われる
だから“グッドおせっかい”
―飯野さんは、知らない方の悩み相談に乗ることもあると伺いました。
以前、女性誌の企画で読者の悩みに答えていたのが縁で、いまだに私のブログなどを通じて相談を受けています。私は今も娘たちと3人で暮らしているのですが、その自宅のほかにもう一つ、千葉の海の近くに家を持っていて、そこを“オープンハウス”にしているのよ。あるとき、一人の女性から会社でパワハラやセクハラに合っているという相談を受けて、話を聞いているうちにこの人を放っておけないと思ったから、「いらっしゃい」と千葉に呼び寄せたんです。それで、やつれきった彼女の話を聞き、ごはんを作って食べさせてあげました。友人には「よく初対面の人を家に入れられるわね」と呆れられるけど、私は、悩める若い人を救うのが私たちシニアの役目だと思っている。だから、これからも“グッドおせっかい”。
―“グッドおせっかい”とは具体的にどういうことですか?
広告代理店に勤めていた時代に得た教訓みたいなものね。かつての上司がよく言っていたの、「広告代理店の仕事は“人”につく。君自身が一生懸命やっていればクライアントは必ず付いてくる」って。私はその言葉を素直に受け止めて、クライアントの立場に立つようになり、おせっかいを焼く習慣が身に付いたわ。ビジネスに直結しなくてもいい。例えば桜の季節には桜餅を買っていって、打ち合わせの息抜きにみんなで食べる。そうすると、相手も別の機会に心配りをしてくれる。そしたら互いがハッピーな気持ちになれるでしょ。何も特別なことじゃなくていいの。自分がしたいと思うことを自然に振る舞ってシェアするだけ。よく、「飯野さんの豊富な人脈はどこで築いたの?」なんて質問を受けますが、そんな“グッドおせっかい”を実践するように心がけているおかげだと信じています。
0コメント